他人との比較は今すぐやめるべき

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ネガティブな比較の人生

私は劣等感の塊です。数々の身体的個性が原因で、昔からネガティブに他人と比較してしまう人生を過ごしてきました。

普通の身体は良いなと思った事が数え切れないほどありますし、今でも思う事があります。
それは時に苦痛すぎて自らの進退を断つ事が頭をよぎるくらい酷い時期もありました。

併せて、生んでくれた親に対してもかなり酷いことをいってしまったり、敵対心剥き出しの感情を出してしまったりと、本当にいくら謝ってもゆるされるべきではない行動を何度も取ってしまいました。

20年以上前の事を私が普通に心に残ってるくらいですので、親としては一生忘れられない出来事の数々だと思います。

こんな私が結論を先に言います。

他人との比較は人生の無駄です。今すぐ自分の進みたい道を歩きはじめましょう。

どんな社会でも比較は存在する

学校、会社、地域、どんなコミュニティーに属しても他人との比較は存在します。

例えば、憧れのAさんのようになるとか、Bさんよりも上にいって高みを目指したいとか、自分を向上させるためのポジティブな比較は本当に素晴らしいと思います。

しかし、どちらかというと私のようにネガティブな比較をされてる方が多いと思います。
どうせYさんみたいになれないし、Zさんみたいに才能ないし、など。

また、当事者のバックボーンを知らずに一般的だと思っている自分の価値観から発せられる噂話的な比較は一番厄介です。

Cさん会社辞めたんだって大変ね、Dさんまた同じ服を着ている汚い、Eさん50歳なのに結婚してないんだって可哀想、とか。いわゆる「決めつけ」のようなものです。

Cさんは独立するために辞めたのかもしれないし、Dさんは毎朝着る服を選択する時間が惜しいので同じ服を何着ももっているかもしれないし、Eさんは考えがあって独身なのかもしれないし、当事者でなければ分からない事です。

こういった事は様々なコミュニティーで多く見られるのではないでしょうか。
会社は世間話も含めて、このような比較をした価値観の押し付けが多く感じているので私は余計に嫌なのかもしれません。

優位性は人によって違う


他人と比較して自分の価値観と優劣を競うのは結構ですが、その優劣を決めるのは結局は行動した当事者です。
他人の自己肯定のためにとやかく言われる筋合いはありません。

また、その比較した本人の小さな価値観でしか測れていませんので、第三者が感じ取るのは別の視点である可能性もあります。

これは私の身近で起こった話なのですが。
55歳独身で公務員を辞めた親戚がいました。その人は周辺地域の皆さんからあと5年で定年なのにもったいない、とか公務員なのになんで辞めたのとか、この先どうするのとか余計な話を色々話されたようです。しかし、私はその親戚は定年までの残り5年を自由に使えるようになったと感じていました。
実際のところ本人に聞くと、残りの人生でやっておきたい事があるので年齢が若く動けるうちに辞めたという内容でした。
やはり、事実は本人しか知りえません。

劣等感すら個性


自分は自分、他人は他人という確固たる意思を持ちましょう。揺るがない自分が結局は一番です。

私は、今でも自分が嫌いですがこの身体的個性を友人に話す事で楽になりました。
それ以降、他人との比較をする事がなくなりました。その比較で悩む無駄な時間があるのであれば、自分のやりたい前向きな時間に使います。
時間は有限です。勿体ないです。

劣等感の塊の私が言います。
他人との比較は人生の無駄です。その時間を自分の進みたい道を歩むために使いましょう!

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